空也上人と私

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名もなき庶民のために

映画監督・片渕須直さん

2009年に公開した映画「マイマイ新子と千年の魔法」では、現在の山口県を舞台に、8歳の頃の清少納言を描きました。彼女が大人になって、中宮定子に仕えた頃の様子も描いてみたいという思いから、10世紀の京都を舞台にした新作映画を制作しようとしています。

およそ1000年前の人々のくらしについて調べていきますと、この頃は現代と同様に疫病が流行し、病気に対する言説や迷信にも翻弄されていました。例えば、「今日は疫病を持った神様がお通りになるから、扉を固く閉ざして家から出るな」という迷信の記述が見つかったりしています。現代の我々の知識からすれば、そうしたことがないのは明らかですが、当時の人々にとっては重大な懸念事項だったわけです。



山本倫子撮影



そのような時代において、疫病に対する合理的な態度をとっていたのが空也上人だったのではないかと考えています。空也上人は単に念仏をとなえることを説いただけでなく、水の衛生が大切であることを衆生に説いて回り、新しく井戸を掘ることを推奨しました。迷信がはびこる時代の中で、空也上人がとった合理的な態度や、その精神を受け継いだ人たちを自分たちの作品の中で描きたいと思い、昨年の12月、六波羅蜜寺にお伺いしました。ご住職とお話をする機会があり、空也上人が踊りを踊って人を集めたのは、水の衛生の大切さを伝えたいがためだったのかもしれないとお聞きしました。そのお話を聞いてから踊躍念仏を拝見したのですが、事前に動画で見た際の軽やかでのどかな印象がまるで変わり、荘厳な感じを受けました。

上人の功績を形として具象化しようとされたのが空也上人立像でしょう。地上を歩き回った果ての姿であるように見受けました。ある種くたびれた姿に見えますが、視線は上を向き、自分たちが歩いている地上ではない遠くを見ている。遠い極楽浄土、救いのあるところを見やっているのではないでしょうか。自分が往生したいのではなくて、人を極楽に導いて救いたい。そうした上人の強い思いをたくみに浮かび上がらせた造形です。





山本倫子撮影

背面に回り込みますと、座った時に衣にできる折皺が表現されていることに気が付きました。たびたび腰をおろしていたことを表しているのでしょうか。名もなき庶民のために救いをもたらそうとした空也上人。その長い遍歴をどこまでも表そうとする仏師の意図が感じられました。





片渕須直(かたぶち・すなお)

1960年生まれ。日本大学芸術学部特任教授。大学在学中に『名探偵ホームズ』の脚本を手がけてから、今年で41年目。監督作はTVシリーズ『名犬ラッシー』(96)、『BLACK LAGOON』(06)、長編『アリーテ姫』(01)、『マイマイ新子と千年の魔法』(09)など多数。『この世界の片隅に』(16)、『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(19)。現在、疫病の中に生きる千年前の人々を描く次回作を制作中。



山本倫子撮影