空也上人と私

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空也上人像を通して見えてくる人々の祈り

仏師・加藤巍山さん

空也上人像と向き合うと、人間としての強さと尊さ、そして生きとし生けるものへの温かい眼差しを感じます。

大震災や風雨災害、そして新型コロナウイルスの蔓延で、現在、私たちが不安や苦しみの中にあるように、平安時代にも様々な苦難が人々を襲いました。 当時、疫病が流行り、為す術もなく死を迎える人々、救いを求める人々と共にありながら、空也上人が京の市中を歩き、お念仏を唱えた姿を、頭の先から足元の草鞋に至るまで、彫刻として隅々まで表現した運慶の四男・康勝の造形力に圧倒されます。

いまの時代は、映像やテクノロジー、デジタル技術を駆使しながら、さまざまな発想や表現が可能ですが、そういった技術がない鎌倉時代に、空也上人の口から阿弥陀さまが6体出てくるという着想に至ったことに驚かされます。
空也上人像は、作者である康勝によって、言語化されないもの、見えないものを可視化できるように表現されており、とても現代的な印象を受けます。

私が仏師として、仏像を彫らせていただくときは、信仰の対象として向き合い、自分の意思で彫るというよりも、我(が)を消し去り、様式や約束事に則って、ひたすら鑿を振るいます。

そのさまは、天から感じる仏さまの意思が、私の体を通して翻訳されて、私の手を使って具現化されていくというイメージでしょうか。鑿を振るうたびに、自分の気配を消していく感覚になります。だからこそ、常に自分の技術を磨き、研ぎ澄ませていかなければならないと精進しています。そして、それが私の役割だと思っています。

一方で、空也上人像のように、肖像彫刻の場合は、外見を写実的に表現するのはもちろん、歴史的な実績や、その奥にある思いや哲学、その人物が生きていた時代や社会の空気を多角的、重層的に取材し、そしてその上で、その人物に対して自分自身が持っている尊敬の気持ちを投影して、3次元で見える以上のものを形として現さなければなりません。肖像を彫るという行為は、それらを深く観察し、その瞬間を像に留め、血の通ったものにするということです。

康勝は見事に空也上人を捉え、過去、そして未来をその像に込め、造り上げました。仏さまは人間界とは違う世界におられるため、どこか遠く、距離を感じてしまうことがあるかもしれませんが、空也上人像は、実在の人物であることから身近に感じられ感情移入がしやすく、向き合った人に寄り添い、こころに響く…そんなお像だと思います。

それはリアルさだけが理由ではないと思います。空也上人の思いが、時代を越えて、我々にそう感じさせるのかもしれません。



三浦耀山 共作  Photo Junichi Takahashi

2011年の東日本大震災を埼玉県の自宅兼工房で経験しました。家が大きく揺れ、隣家の瓦が落ちてくるのを目の当たりにし、命の危機を覚えるほどの恐怖を感じました。社会インフラは麻痺し、放射能汚染により、毎日報じられる数値に神経質になり、精神状態も不安定になりました。頭の片隅でこの世の終わりを予感しました。

そうしたなか、ことごとく破壊され、深く傷ついた東北地方に対し何かしなければならないと思い立ち、被災地の寺院に奉納するための仏さまを彫り始めました。亡くなられた魂を慰め、悲しみの中にある方々に寄り添うような仏像を届けたいと強く思ったのです。

仏師になり、はじめの頃は美しいもの、かつ技巧的な作品を造りたいという欲求がありました。しかし、震災後、徐々に考え方が変わっていきました。毎年3月11日に被災地を訪れ、現地の皆様と触れ合い、被災地の復興を祈りながら仏像を彫っていると、人々の祈る思いが仏様を美しくしていることに気づいたのです。

真に美しいものを造るということは、そこに切実な祈りや、信仰心が大きくかかわっているのだと気づき、普遍的な美というものの本質に触れたような心持ちがしました。

このような体験をしているからこそ、康勝が空也上人像をどのような気持ちで造ったのか、いろいろと想像してしまいます。

コロナウイルスが蔓延しているいま、平安時代に疫病退散を祈り続けた空也上人の展覧会が東京で開催され、50年ぶりに東京にお出ましになるというのは示唆的で、没後1050年の年と重なったことに必然性を感じます。

この機会に、空也上人像と直接出会って対話し、大事なことに気づく時間を持ってもらえたらうれしいです。

三浦耀山 共作  Photo Junichi Takahashi



加藤 巍山/仏師

1968年、東京・本所両国に生まれる。
高村光雲の流れを汲む仏師・岩松拾文師に師事。
儀軌に準拠した仏像を制作する一方、日本の古典や歴史、仏教や神話を題材とした作品を制作。歴史や伝統、文化、民族に根差した「日本の美意識」 と「仏師」であることに立脚しながら祈りの根源を探求し普遍的な美を求む。

加藤巍山ウェブサイト
https://gizan.tokyo/